スピリチュアル覚醒ブログ ~究極のスピリチュアル体験と脳覚醒~

脳覚醒状態の奇跡と驚異と感動が、僕のスピリチュアル感を劇的に変えてくれました。真理と高次元の脳の状態を求めてついに出会うことができた喜びと感動の体験記を書いたブログ。ここに誇張はありません。ありのままを書いています。スピリチュアル体感が乏しい人は世界が一変するでしょう。

スピリチュアルの覚醒体験の奇跡 スピリチュアルのワークショップでは決して到達できない世界

スピリチュアルのワークショップにたくさん参加してきた人は、ある一線を超越できずに止まってしまっている人が多いと思います。
だから、他のスピリチュアルのワークショップに良さげなところがあると思うと、そちらに参加をして、海外にあればわざわざ海を超えて体験しに行きます。

その努力と情熱には頭が下がるばかりですが、結局堂々巡りで、ただの物見遊山に終わってしまうのがほとんどだと思います。
それまで何か目的があり、そこに至るためにスピリチュアルのワークショップに参加したわけなのに、いつの間にかスピリチュアルを追い続けることに終始し、目的を達成できないまま時間が過ぎているといった人は多いと思います。

 

裏を返せば、それだけスピリチュアルのワークショップは効果がないものといえます。
感情がうわーっと出てしまうぐらいの効果しかなく、それではスピリチュアルの覚醒体験には程遠いです(感情の発散は脳のレベルで言えば結構浅いです。何にも反応しないよりはマシですが)

 

スピリチュアルの覚醒体験は筆舌に尽くしがたい、すごすぎる体感が到来しています。
すべてがわかったようになり、自分自身もわかり、すべての真理を把握しているような感覚になったり、絶対的な感覚に覚醒しています。
主観的な世界の話なので、人それぞれ解釈は違うと思いますが、絶対的な感覚であることは共通しると思います。

 

無でありなが全であり、全でありながら無といったような、非常にダイナミックでありながら究極の静寂でありながら、相反する二つの究極な状態を矛盾なく併せ持っている感覚にもなったこともあり、これもスピリチュアルの覚醒状態の大きな特徴だと思います。

 

混乱しているのにひどく調和している感覚にも入りました。とにかく不思議で、心地よく、幸福感に包まれ、気持ちが落ち着いているのに高ぶっている状態です。
うまく説明できませんが、同じような経験をした人は「ああ、わかる」とおもうかもしれませんね。

 

悟りの世界に入ったり、インスピレーションの稲妻に打たれたような感覚に入るのも覚醒体験だと思います。

あとは絶対的な自己肯定感を味わっているとか。

 

私の経験上、多くのスピリチュアルのワークショップは、結局理性や頭の表面だけの、時には感情を動かすものはあるとはいえ、理論とちょっとした体感の味付けで終始していると思います。
ここだけの話ですが、ワークショップ主催者(先生や指導者)も自分自身がスピリチュアルの覚醒体験をしていない人がほとんどで、迷いながら、コンプレックスを感じながらやっています。

少なくとも、スピリチュアル的な理論を教えることがメインで、大した体感をもたらすことができていないワークショップは、先生自身が体感していない人と言っていいでしょう。

 

ですが、先生ヅラ、指導者ヅラをしているはずです。
なぜなら、誰にもその人がスピリチュアル覚醒体験を本当にしているかどうか、理論だけの人なのかどうかは断定できないからです。
理論だけ先生ヅラして偉そうに講釈していたら、先生のように見えるわけで、彼ら、彼女らのプライドはそれで保たれているはずです。

 

よくスピリチュアルの本に書かれてある「~といわれています」という書き方は、筆者自身が体感していない証拠です。

「~なのです」というのも、他人事のように感じます。これも同じでしょう。

 

私は岩波先生の誘導のおかげもあって、明らかなスピリチュアルの覚醒体験ができました。それは絶対的な感覚でした。
体験できた、その世界に至ったということでは、ほんのちょっとは偉そうに書ける資格はあると勝手に思っています。

 

nyankowankochang.hatenablog.com

 

 

nyankowankochang.hatenablog.com

 

 

nyankowankochang.hatenablog.com

 

 

nyankowankochang.hatenablog.com